障害受容の過程(プロセス)を知る 障害児を持つ保護者の気持ちを理解するために

保育園や幼稚園の先生が、保護者に対して子どもの「障害」について触れることのポイントについて以前、記事を掲載しました。

 

今回は伝えた後について触れたいと思います。

前回の記事でもお伝えしたように、保護者にとって我が子への「障害の告知」は本当に車の正面衝突なみの衝撃があります。
我が子には「こんな大人になってほしい」「私たちと同じように(または)より良く成長してほしい」という願いや想いが一気に変えられるますので
我が子の将来が暗く閉ざされた気持ちになります。

「障害受容」という言葉があります。

読んで字のごとく、障害を受け入れるという意味です。

告知された保護者は、ストレスや悩みを抱えながら、さまざまなプロセスを経過し、最終的に受け入れていきます。

もちろんすべての保護者の方が受け入れられるわけではありません。

悲しいことですが、そのまま子どもを養護施設の前へ置いていかれる保護者もいます。
新生児~1歳児あたりまでの小さいお子さん場合は、その数も多いようです。
それほどまでに保護者への心労(ストレス)は多大なものです。

ですので、保護者と関わることが多い先生の皆さんは、障害受容やそのプロセスについて、しっかりと知っておく必要があります。保護者の方が、今はどの過程にいるのかを感じ取り、それにあった対応も必要となってくるでしょう。

障害受容おける過程(プロセス)

保護者がどもの障害を受け入れることは容易なことではありません。
その過程として3つがあるとされています。

  • 「段階説」
  • 「慢性的悲哀説」
  • 「螺線形モデル」

 

段階説とは

これは主に先天性奇形のような生後すぐに障害があることが分かるような事例で当てはまるものです。

  1. ショック
  2. 否認
  3. 悲しみと怒り
  4. 適応
  5. 再起

障害受容の段階には、このようなプロセスがあります。

まずはショックについては言うまでもありません。我が子に障害があると判明すれば、子どもの誕生で描いていた未来が大きく変化してしまいます。

その次の否認「私の子に障害があるなんて」「もしかしたら専門医の診断ミスなのでは」など、障害の診断に疑問や不信感を抱き、認めようとはしない心理的状況をさします。

悲しみと怒りは、障害の診断に対しての受け入れると、産婦人科で同じ時期に出産された健常児と比べてしまったり、自分自身(保護者)が「何か原因を作ってしまったのか」「これまでは何の不自由もなかったのに」など、障害に対して、子どもに対して、自分自身に対して悲しみや怒りなどの感情が現れます。

適応は、悲しみや怒りが少しづつ落ち着き、書籍や専門家から障害についての知識を得て、または同じ障害がある子どもの保護者と知り合い、そこから経験談を聞きいたり、コミュニティに参加することで、障害に対して受け入れる下地が形成される時期です。

再起は、適応期間での知識や経験により、子どもの少し先が見通すことができ、障害を認め、「共に頑張ろうと」とする気持ちが持てるようになることです。

 

慢性的悲哀説とは

慢性的悲哀説は、保護者は常に悲哀的な感情を持っており、常に悲哀的な感情を抱いているということではなく、子どもの成長の節目や周期的に「うちの子に障害がなければ」などの想いが再燃してしまう状況をさします。

上の段階説とは全く逆のものとされていますが、私としては段階説と慢性的悲哀説は同居しているようなものと感じています。

慢性的悲哀は、障害児を持つ保護者にとっては当たり前の感情であり、必要な感情表現だと思います。

もし、保育園や幼稚園の先生方が保護者から悲哀的な感情を表された時に、「そんなことを言ったら❍❍くんが悲しみますよ。一緒に頑張りましょうよ」と返してしまうと、『親として、その感情は間違っている』と受け取られ、悲哀的な感情を胸の奥に押し殺してしまい、心の中に蓄積された想いが強くなり過ぎて、育児放棄などにつながるケースもあります。

そのような相談を受けたとしても、保護者の否定はせずに専門家への相談を促してあげた方が良いかもしれません。

螺線形モデルとは

螺線形モデルとは、段階説と慢性悲哀説を合わせたようなもので、保護者の心理的状況は、どちらか1つに当てはまるだけではなく、「子どもと共に頑張ろう」という前向き気持ちと、「どうしてうちの子が」という悲哀の気持ちを言ったり来たりしているようなものとする考え。

昔、大学で心理学の講師から「人間の成長は螺旋階段のようなものだ」と言われたことがあります。

螺旋階段を上がりながら同じ景色を見ても、角度も違えば高さも違う。同じ経験を繰り返したとしてもそこには知識や経験がプラスされ、同じ結果とはならない。また、常に明るい場所を歩けるワケでもないし、時には暗い場所も歩かなければならない。

時々で違う結果、明と暗を繰り返しながら、それでも人は成長している

というのが先生からの話。

螺線形モデルでも、2つの気持ちの間を歩きながら、少しづつ子どもを受容しようと上へと進んでいる。そのような保護者の状況を表していると思います。

 

*ここでの「障害受容」の3つのプロセスについては、あくまでも保護者を対象にしています。本人が何らかの原因で障害を有する結果となり、自分の障害について受容する場合の「障害受容」については他にも心理的な過程があります。

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